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札幌高等裁判所 平成6年(う)15号 判決 1994年4月12日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役五か月に処する。

釧路地方検察庁帯広支部で保管中の毛がに一四二五匹(約四九一キログラム)の換価代金一一五万一七〇七円(釧路地方検察庁帯広支部平成五年領第一九七号の5)、花咲がに一三〇匹(約八一キログラム)の換価代金四万四五五〇円(同号の6)、刺し網二四反(同号の9、10)、揚網機一台(同号の12)、ストックアンカー二組(同号の17、18)、無線機一台(IC―二二九D、ケーブル・マイク付き、同号の146)及び無線機用アンテナ一本(DIAMONDNR―七九〇、同号の147)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人斉藤道俊提出の控訴趣意書に、答弁は、検察官井上隆久提出の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴の趣意は、量刑不当の主張であるが、論旨に対する判断に先立ち、職権により調査すると、原判決には、以下のとおり理由不備の違法があると認められるから、原判決は、この点で既に破棄を免れない。

すなわち、原判決は、「犯罪事実」として、一に北海道海面漁業調整規則違反の、二に漁船法違反の、三に電波法違反の各犯罪事実を認定・判示しているが、これらの事実を認定した証拠の標目としては、単に「記録中の証拠等関係カード記載の証拠をここに引用する」と記載しているにとどまる。しかし、原審における審理は本件全部の訴因について簡易公判手続によって行われたことが明らかであるから、原判決書に掲げなければならない証拠の標目として証拠等関係カードの記載を引用すること自体はもとより差し支えないものの、その引用は、あくまで各犯罪事実の認定に供した証拠を証拠等関係カードの証拠請求番号等で特定してなされなければならない(刑訴規則二一八条の二)ことはいうまでもないところ、原判決の右記載をもってしては、原判決が原審証拠等関係カード記載の各証拠のうちのどれを本件各犯罪事実の認定に供する趣旨か、その特定がなされていないといわざるを得ない。付言すると、右証拠等関係カード記載の証拠の中には、原審相被告人のみの関係で取り調べられたものや、専ら一般的な情状立証の関係でのみ取り調べられ、犯罪事実の認定には供されなかったと認められるものもあることなどに照らすと、原判決が、右証拠等関係カードに記載された証拠を全部引用する趣旨で右のような記載をしたとも解されないのであり、また、刑訴法三三五条一項、刑訴規則二一八条の二の趣旨に照らしても、そのような引用は許されないというべきである(なお、東京高等裁判所昭和三七年五月九日判決・高刑集一五巻五号三二六頁は、本件とは事案を異にする。)。結局、原判決には、証拠の標目を特定して揚げていない点で、理由不備の違法があると認められるから、原判決は、この点で既に破棄を免れない。

そこで、控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七八条四号により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、当裁判所において更に次のとおり判決する。

(犯罪事実)

原判決書記載の当該欄と同一である。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

罰条

判示一の行為 刑法六〇条、北海道海面漁業調整規則五五条一項一号、五条一号

判示二の行為 刑法六〇条、漁船法二九条、九条一項

判示三の行為 刑法六〇条、電波法一一〇条一号、四条

刑種の選択 判示各罪について、いずれも懲役刑を選択

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示二の罪の刑に加重)

没収 毛がに一四二五匹(約四九一キログラム)の換価代金一一五万一七〇七円(釧路地方検察庁帯広支部平成五年領第一九七号の5)、花咲がに一三〇匹(約八一キログラム)の換価代金四万四五五〇円(同号の6)、刺し網二四反(同号の9、10)、揚網機一台(同号の12)、ストックアンカー二組(同号の17、18)、について、北海道海面漁業調整規則五五条二項本文

無線機一台(IC―二二九D、ケーブル・マイク付き、同号の146)及び無線機用アンテナ一本(DIAMOND NR―七九〇、同号の147)について、刑法一九条一項一号、二項本文

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、被告人が、原審相被告人Iら数名の者と共謀の上、無許可で、刺し網を使い、毛がに約五六一キログラム及び花咲がに約一六八キログラムを採捕して、かに固定式刺し網漁業を営み(判示一)、その際、右Iと共謀の上、漁船登録を受けていない自己所有の船を漁船として使用し(判示二)、また、同人と共謀の上、所定の免許もないのに、右船の中に無線設備を設置して無線局を開設した(判示三)という事案である。

被告人は、かねて、無許可でかにを採捕して、利益を挙げようと企て、右Iら数名の者を募り、各人の役割分担等を取り決め、また、前記の船や、漁具、無線設備等をその用に供すべく、準備を整えた上、違法にかに類を採捕することを繰り返していたものであって、本件各犯行はその一環をなす、組織的、計画的、常習的な事犯であることが明らかであり、その動機、態様等はいずれも悪質といわざるを得ない。また、被告人は、本件の計画やその遂行等に当たり、最も中心的で重要な役割を果たしたことも明らかである。本件により採捕されたかに類も前記のとおり、相当の量にのぼるのであって、以上に照らすと、このような犯行が水産資源の保護や、漁業秩序の維持等にもたらした悪影響も決して軽くみることができない。さらに、被告人は、本件同様のかにの密漁に係る北海道海面漁業調整規則違反の罪によりかつて罰金刑に処せられたことがあるほか、平成三年二月には、罪質は異なるとはいえ、道路交通法違反の罪により懲役四か月・三年間執行猶予に処せられていたにもかかわらず、右執行猶予の期間中に本件各犯行に及んだこと等をも併せて考慮すると、本件はその犯情が悪質であって、被告人の刑事責任を軽視することはできないというべきである。

そうすると、被告人が、反省の気持ちを表し、現在は土木工事等の仕事に就いてまじめに働いていること、多額の負債を抱えており、今後は破産申立てによりその整理をはかり、堅実に生活したいと供述していること、採捕したかにの網外しなどのために使用していた作業小屋を既に売却し、また、本件各犯行に係る船、漁具や、無線機等も、近く他人に売却するなどして処分する運びになっていること、被告人が服役すると、家族の生活にも支障をきたすおそれがあること、被告人の現在の勤務先の経営者が、被告人の仕事ぶりを評価し、今後とも被告人を雇用する意向を表すとともに、被告人について、執行猶予の寛大な処分を望む旨の上申書を提出していること、病身の母親が、当審公判に出頭し、やはり執行猶予の寛大な処分を希望する旨の証言をしていること、原判決後、前記前科に係る執行猶予の期間が経過するに至ったこと等、被告人のため考慮すべき事情を十分勘案しても、本件で刑の執行猶予を相当とする事情があるとまでは認められない。そして、以上の本件に関する諸事情を総合考慮すると、被告人に対しては、主文の刑を科するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官萩原昌三郎 裁判官宮森輝雄 裁判官木口信之)

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